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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)8524号 判決 1977年1月31日

原告

株式会社トンボ鉛筆

右代表者

小川浩平

右訴訟代理人弁護士

増岡章三

外二名

右輔佐人弁理士

早川潔

外一名

被告

ぺんてる株式会社

右代表者

堀江幸夫

右訴訟代理人弁護士

羽柴隆

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実<抄>

一、原告の実用新案権

原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有する。

考案の名称 速乾性インキ筆

出願日 昭和三七年八月二日

公告日 昭和四五年一月一九日

登録日 昭和四八年八月二九日

登録番号 第一〇一二七七一号

理由

一原告の実用新案権

原告が本件実用新案権を有することは、当事者間に争いがない。

二本件考案の構成要件

請求原因二の1の第一段、2、3の各事実は、当事者間に争いがなく、右事実と本件実用新案公報によれば、本件考案は、次の構成要件からなることが認められる。

1  軸筒の先端に開穿したペン先孔に密挿したフエルト製ペン先を断面円形に形成すること

2  先端が漸次細く形成された軸筒の内部にインキ吸蔵体を嵌挿し、その先端部内に空気溜を形成すること

3  右空気溜に通じる通気孔を軸筒の先端部斜面に開穿すること

4  速乾性インキ筆であること

三本件考案におけるフエルト製ペン先の意味内容

1  原告は、本件考案におけるフエルト製ペン先の意味内容については、本件明細書にその説明がなく、本件考案にかかるインキ筆においては、それがフエルト製ペン先を有することがその要部をなすものとはいえない旨主張する。しかし、本件考案におけるインキ筆において、それがフエルト製ペン先を有することがその構成要件の一部をなすものであることは前認定のとおりであるから、フエルト製ペン先がその要部をなすものであるかどうかは別として、フエルト製ペン先を有しないものは、それ自体で本件考案の技術的範囲に属しないものといわなければならない。したがつて、原告の右主張は、採用できない。

2  次に、原告は、本件考案の実用新案登録出願当時、フエルトとは、一般に、その材料が羊毛等の動物繊維のみでなく、合成繊維によるものをも含むものと解されていたから、本件考案におけるフエルト製ペン先とは動物繊維を素材とするペン先のみならず、合成繊維を素材とするペン先をも含む旨主張するので、検討する。

<証拠>を総合すれば、フエルトとは、本来、羊毛等の動物繊維を梳いて得た薄層を重合して圧縮し、縮絨してできる布帛状物を意味していたが、わが国においては、戦後、その素材が合成繊維であるものをも含み、しかも、右合成繊維は、その配向が無秩序のもの、あるいはほぼ一定方向に配向されたものすべてを含む意味にも用いられるようになつたこと、したがつて、本件考案の実用新案登録出願当時、フエルト製ペン先とは、右動物繊維を素材とするペン先のみならず、右合成繊維を素材とするペン先をも含むものとして使用されていたことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

3  そこで、前認定の本件考案の構成要件1中における「フエルト製ペン先」の意味について、考えてみる。

前掲甲第一号証によれば、本件明細書の考案の詳細な説明の項には、「本件考案は、……速乾性インキ筆に係り、その目的とする処は毛筆と違わない書き味を有すると共に、インキ切れやインキのボタ落ち等を惹起しないインキ筆を提供するにある。」と記載され、次いで、「従来この種のインキ筆は軸筒に通気孔を開穿せずフエルト製ペン先を角形に成形し、軸筒の先端に円形のペン先孔を開穿してこれに前記角形のペン先を挿入し、間隙を生ぜしめてこの間隙によつて、軸筒内外の空気を流通させていた。従つて、使用中にペン先がペン先孔を閉塞しないように固化していたため、細字の筆記に際しては毛筆の如く柔く、しかも弾性的感触で筆記することが不可能であつた。本考案はこのような欠点の除去を目的としたもので、叙上に詳述せる如くペン先孔に密挿するフエルト製ペン先を従来品の様に固化しなくても密挿された前記ペン先はペン先孔の孔縁で緊縮されるので、使用中に軸筒内へ没入したり或いはペン先孔から逸脱したりするようなことはなく且ガタつくこともない。よつてペン先は断面円形にした事及び先端を円錐状にした事と相俟つてその先端が常に適度の柔軟性と弾力性とを有し恰も毛筆の如き感触で筆記することができる。」と記載されていることが認められる。

また、<書証>によれば、本件考案の実用新案登録出願公告に対して、訴外D文具株式会社外五名から実用新案登録異議の申立がされた際、出願人は、右異議申立に対する答弁書六通を提出したが、右答弁書において、それぞれ、すでに判示したとおりの本件明細書中の本件考案の目的、効果に関する記載を引用したうえ、「この記載からみると、本件考案は、この種インキ筆の従来有する生硬感を排除し毛筆肉筆様の筆触を保持させることを第1の技術的課題として掲げ、そのための具体的手段として固化されていない柔軟なペン先が円形断面とされそれがペン先孔に密挿緊縮されて軸筒先端に固く支持されていることを要するとしていることは上述の作用効果の記載から明白である。このことは、またぺン先が柔軟なフエルト、すなわち繊維状物もしくは糸状物を圧搾または接着した布帛もしくはこれを繊成した布帛から成るもので、全面がインキの滲出表面を形成し、しかもペン先孔に実質的空隙の存しないものであることを意味しており、本願考案における上記第1の要件の「フエルト製ペン先(6)」として表現された所以の存するところである。」と述べていることが認められる。

ところで、本件考案における前記構成要件1にいうフエルト製ペン先が前記のような本来の羊毛等の動物繊維を素材とするペン先のみならず、合成繊維を素材とするペン先をも含む趣旨のものであるかどうかについては、本件明細書中には何らの説明もないので、必ずしも明らかでないといわなければならないが、前記認定の事実によれば、出願人自身本件考案の目的を毛筆のような感触で筆記できるようなインキ筆を提供することにあるとし、本件考案にかかるインキ筆もそのような効果を奏するものであることを認識しており、かつ、そのようなものに対してだけ権利要求をしたものであると認めることができる。そうすると、本件考案の実用新案登録請求の範囲における「フエルト製ペン先」とは、右のように毛筆のような感触で筆記できる類のいわゆるフエルト製ペン先を意味し、固化処理され、したがつて、柔軟性、弾力性に欠け、毛筆のような感触で筆記できないようなペン先はこれを含まないものといわざるを得ない。

四被告製品と本件考案との対比

被告が昭和四五年二月前から本件(一)ないし(八)の各物件を製造、販売しており、また、本件(九)ないし(二)の各物件を製造、販売していたこと、本件各物件が請求原因五の1’(但し、本件各物件がフエルト製ペン先を用いていること、ぺン先がペン先孔に密挿されていることを除く。)、2’、3’の構造を備えていることは、当事者間に争いがない。

そこで、本件各物件を本件考案と対比するのに、別紙目録(一)ないし(二)の記載自体及び<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件各物件のペン先は、合成繊維がほぼ長手方向に配向された状態で合成樹脂により接合収束されて、固化された棒状体のペン先であつて、これをもつて到底毛筆のような感触で筆記できるようなものであるということができないものと認められる。したがつて、本件各物件は、この点において、本件考案の前記1の構成要件を備えていないものといわなければならない。

以上の次第であるから、その余の点について、対比するまでもなく、本件各物件は、本件考案の技術的範囲に属しないものというべきである。

五結論

してみれば、本件(一)ないし(二)の各物件が本件考案の技術的範囲に属することを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について、判断するまでもなく、失当として、棄却されるべきであるから、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり、判決する。

(高林克己 佐藤栄一 塚田渥)

別表(一)〜(三)、物件目録(一)〜(二)<省略>

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